2011/02/27

YJ最新号の興味深い記事

現在出ている『ヨガジャーナル日本版』vol.15 にとても興味深いエッセイが載っています。

ーク・シングルトン氏が書いた「ヨガの大いなる真実」
なんともまぁ大層なタイトルではあります。そんなこと今まで知らなかったの? 何てナイーブなの? 所詮はすべてが欧米人のコンテクストで語られているじゃん!という思いも正直あります。それでもやはり、こうして調査研究した結果を分かり易く伝えようという文章は非常に楽しく大変勉強になります。4ページにもわたるものですが、写し書きすると自分の頭にも入りやすいので、少し抜粋してみます。

まずは冒頭から
「冬の薄日がケンブリッジ大学図書館の高い窓から差し込み、一冊の黒い革の装丁をほのかに照らしていた。私は本のページを操りながら、馴染みのあるポーズをとっている男女の写真の数々を眺めた。戦士のポーズ、ダウンドッグのポーズ、ウッティタ・ハスタ・パダングシュターサナ(手で足の親指をつかむポーズ)、次のページにはヘッドスタンド、ハンドスタンド、スプタ・ヴィラーサナ(横たわった英雄のポーズ)......あたかもアーサナのテキストに載っていそうな写真だ。だが、それはヨガの本ではなく、20世紀初頭のデンマークで生まれた体操、「プリミティブ・ジムナスティクス」についての記述だった。
  その日の夕方、自分のヨガクラスで生徒たちの前に立ちながら、私はさっきの発見を思い返していた。いま自分が教えているヨガのポーズのほとんどが、1世紀ほど前にひとりのデンマーク体操の先生が考案したものと同じだなんて......。その人物はインドに行ったこともなければ、アーサナを習ったこともない。それなのに5秒カウントから腹部の「引き締め」、ポーズからポーズへのダイナミックなジャンプ移動まで、すべてが驚くほどヴィンヤサヨガに似ていた。それらはどれも私が知っているものばかりだ!
  時が過ぎても好奇心は収まらず、もっと調べてみることにした。そこでわかったのは、このデンマーク体操が19世紀にヨーロッパ人の運動法を大きく変えたスカンジナビア体操のひとつであることだった。スカンジナビア体操はヨーロッパ各地に広まり、陸海軍をはじめとして多くの学校での身体訓練の基本となった。そしてその流れはやがてインドにもたどり着く。YMCAインドの調査によれば、1920年代に「プリミティブ・ジムナスティクス」はインド亜大陸でもっとも人気のあるエクササイズのひとつで、その上をいくのがP.H.リングが開発したスウェーデン体操だったという。私はいよいよ混乱してしまった」

どうですか? おもしろいと思いませんか?

かくしてシングルトン氏は 「もし日々実践しているヨガが由緒ある古代インドの伝統でないとしたら、いったい私は何をやっているのだろう?」  という疑問に突き動かされて独自の調査研究を開始していきます。

数々の文献:「ヴェーダ」「ヨガ・スートラ」「ウパニシャッド」「ヨガ・ウパニシャッド」「ゴーラクシャ・シャタカ」「ハタヨガ・プラディピカ」etc.

数々の先人たち:スワミ・ヴィヴェーカーナンダ、スワミ・クヴァラヤナンダ、T・クリシュナマチャリヤ、K・パタビ・ジョイス、B・K・S・アイアンガー、インドラ・デヴィ、T・K・V・デシカチャー etc.

「ヨガの歴史を掘り下げて調べていくうちに、パズルのピースが少しずつ埋まりはじめ、ようやく全体図が見えてきた」

そして、驚くべき真実(彼曰く)を発見します。
「近代ヨガのアーサナはインド生まれではない!?」

「クリシュナマチャリヤはダイナミックなアーサナ練習法を考案した。それは主として、身体鍛練の時代精神に寄り添うインドの若者に向けられたものだった。クヴァラヤナンダの練習法と同じく、ハタヨガとレスリングの鍛練法と、近代ヨーロッパ体操を組み合わせたもので、それ以前のヨガの流儀には見られないものだった。
 こうした実験がやがていくつかの現代アーサナ練習法へとつながっていったが、中でも特筆すべきは、今日アシュタンガヨガとして知られるスタイルだ。この練習法を用いたのはクリシュナマチャリヤの豊富な指導歴の中ではごく短期間だったが、結果的にはこれがヴィンヤサ、フロー、パワーヨガなどアメリカのヨガスタイルの誕生に大きな影響を与えることになった」

「つまり、近代ヨガとは、ヨガという大樹に新しく移植された接ぎ木にすぎないと。(中略)ヨガを数多くの根や枝をもつ古代の大樹と考えることは、真の”伝統”に背くことでもなければ、ヨガと称するものをすべて無批判に受容することでもない」

「近代ヨガにおける西洋の文化的、精神的影響を知ることで、私たちが伝統というものをどう理解し、かつ誤解するか、どんな希望や不安を抱くか、また新しい何かを生むにはいかに多くの要素が関与するかということが分かる。さらに、ヨガの練習への認識が変わり、ヨガを通して自分が何をしようとしているのか、それが自分にとってどんな意味があるかを考えるきっかけにもなる。ヨガの練習自体と同じく、こうした知識は、自分の置かれた状況や自分の本質をも明らかにしてくれる(続く)」

『ヨガジャーナル日本版』vol.15(2011年1月28日発売)
p.76 - p.80 特別寄稿「Yoga's Greater Truth」
・text by Mark Singleton
・translation by Yasuko Tamaiko


*マーク・シングルトン:自らも熱心なヨギであるヨガ研究者。ケンブリッジ大学で神学の博士号を取得。近著「Yoga Body : The Origins of Modern Posture Practice」


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