2015/12/29

『孤独の発明』より抜粋

フランシス・ポンジュにとっては、書く行為と見る行為のあいだに何の隔たりもないのだ。
いかなる言葉もまずみられることなしに書かれえない。
ページにたどり着く前に、それはまず身体の一部になっていなければならない。
心臓や胃や脳を抱えて生きてきたのと同じように、まずはそれを物理的存在として抱えて生きなくてはならないのだ。
だとすれば記憶というものも、我々のなかに包含された過去というより、むしろ現在における我々の生の証しになってくる。
人間がおのれの環境のなかに真に現前しようと思うなら、自分のことではなく、自分が見ているもののことを考えねばならない。
そこに存在するためには、自分を忘れなくてはならないのだ。
そしてまさにその忘却から記憶の力が湧き上がる。
それは何ひとつ失われぬよう自分の生を生きる道なのだ。

Paul Auster,  "The Invension of Solution"


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